旧岩崎邸庭園の春
三菱創始者の岩崎弥太郎(1865-1955)の息子で三菱財閥3代目を継いだ岩崎久彌邸を訪れた。レセプションルームとして使用された洋館は、鹿鳴館やニコライ堂を設計して日本近代建築の父といわれる英国人建築家ジョサイア・コンドル(1852-1920)の設計。母屋の日本家屋は岩崎家の住まいだった。平屋である。かつては今の三倍ほどの敷地であったが、皆取り壊されて今の形になった。現在ここは、「旧岩崎邸庭園」というふれ込みで、東京都の管理となっている。しかし、はっきり言って和洋折衷の史跡という石の雪見灯籠や敷石などがあり、江戸の大名庭園の流れを汲むということだが、庭園としては、残念ながら評価できるほど整備されているわけではない。関東大震災の折には、この邸宅が開放され一万人近い被災者が非難したということだ。岩崎久彌存命の頃には、洋館の前に西洋風の庭園が造られていたのではないだろうか。また洋館の横にはがっしりとした木像のビリヤード台を置いた撞球室も建てられていて、洋館と地下で繋がっているらしい。コンドルはこの建物を「スイスの山気屋風のスタイル」と言ったという。商売上、西洋ビジネスマンとの商談が、この場所で行われたのだろう。周囲には、高い建物が建って来ている。歴史的建造物に対する配慮ある法的整備も必要だ。
2010/03/13
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